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想いに寄り添う家づくり「アトリエ橙+建築家・奥山裕生」(東京都・板橋区/練馬区)

独立のきっかけ

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結婚して23年。妻が働いて22年が経ちます。

結婚した頃、妻はまだ働いていませんでした。実は学生結婚です。

結婚する前、彼女は、「結婚しても仕事は続けたいし、子供を産んでも仕事は続けたい。」と言いました。ならば、彼女が一生、仕事を続けられるようにサポートするのが私のひとつの目標かなと、いつしか考えるようになりました。

ふと考え、いずれ結婚するのならば、早い方がいいだろう。就職してから結婚するよりは、学生のうちに結婚して、落ち着いてから、仕事をしてもいいのではないかと考え、学生結婚することを選びました。

すでに結婚してから入社したので、結婚したら仕事を辞めるの?と職場で聞かれることはありませんでしたが、当時は、まだまだ、女性が働き続けることを本心では良いと思わない男性もいたようで、だいぶストレスのたまる日々を送っていました。当然、なかなか評価されることも少なかったようです。

5年後、娘が生まれました。

結婚後に仕事を続けることは簡単でも、出産後に仕事を続けることは今の世の中、まだまだ大変です。実際、彼女も出産後、だいぶ迷ったようです。それでも、彼女がのちのち後悔することがないよう、何とか説得して、仕事に復帰してもらいました。

しかし、本人を説得するだけでは現実的な問題が解決しません。育児休暇は最大限の1年間、取得しましたが、仕事復帰を前に、区役所の保育園相談窓口に行ったところ、翌年の4月まで、保育園の定員はいっぱいで入園は困難とわかりました。

その場で、「じゃぁ、その7ヶ月間は自分が子供の面倒を見るよ。」と妻に言いました。

それまで、具体的にはそのようなことは考えていなかったので、自分でも少々驚きましたが、そうやって、私の育児生活がスタートすることが決定しました。

当時、私は設計事務所に勤めていました。

設計事務所は、深夜残業、休日出勤も当たり前で、ずいぶん、妻に迷惑を掛けていました。妻の妊娠中も優しく気遣うこともせず、妻の精神的、肉体的苦痛にも気づきませんでした。娘が未熟児で生まれたのも、私に責任があると思っています。もっとも、当時はそれすら気づきませんでしたが。

そのような状況では、育児を主体的に行なうことは、明らかに困難です。

設計事務所を退職することを決意しました。いずれ、独立して設計事務所を開設することが私の子供の頃からの夢でもありましたので、ちょうど良いタイミングでした。退職した理由は、「育児」と「独立」が半々ぐらいだったかもしれません。

妻の育児休暇が終了するのが娘が1歳となる8月。私はその4ヶ月前の4月に退職し、独立開業。幸いなことに(?)、仕事も少なく、育児と仕事を両立する生活がスタートしました。

それから、17年。

娘は、高校生。妻は、社会人22年目。その間に、論文で最優秀賞を受賞したこともありました。会社での評価も上々のようです。私も、多くのお施主さんに出会いながら、ひとつひとつ楽しい住宅を創らせて頂いております。

妻の仕事ぶりが評価されることは、とても嬉しいことです。仕事は、昇進やお金のためではなく、自分の能力を社会に還元し、自己表現するものということで、私達は一致しておりますが、こうして評価を与えられることは、私達のライフスタイルが認められたような気がして嬉しいのです。

これからも、我が家は、育児と仕事のバランスを取りながら、娘と楽しく充実した生活を送って行きたいと考えております。

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